【コミケで大変】(後編)

  「ふっふっふ。以前の私ならここで慌てふためいて取り乱しているところですが、今日の私はいつもと違うわよ。
ここで慌てず愛理ちゃんに連絡を取ればいいんですよ〜」
 花柄の可愛いポシェットの中から颯爽と携帯電話を取り出す天満。  その表情は自信に満ち満ちている。
「今日の私ってば、冴えてるなあ。えっと、愛理ちゃんの携帯番号090の……」

《ただいまおかけになった電話番号は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていない為掛かりません。
もう一度…》
 天満の携帯からは無機質な電話案内のアナウンスが流れる。

<ぴっ!>

「全く、愛理ちゃん。携帯の電源は切っちゃダメじゃない。でも、大丈夫。しっかり者の晶ちゃんならそんな
心配はないよね」

《ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー》

<ぴっ!ぴっ!ぴっ!>
悔しさで何度も携帯のオフを連打する。

「なっ、なんでぇぇ〜〜〜〜」
 コミケ初心者の天満は知らなかった。
 コミケ付近では限られた地域内であまりに多くの携帯を一度に使用されることがある為、しばしば電話が
 かかりにくくなる特殊事情があるということを。

「天は我を見放したか〜〜〜!」
 高校生が普通余り見ないような八甲田山のビデオを最近観た天満は、その作品の中の台詞を引用して嘆いて
 見せた。
「この大勢の人の中でどうやって愛理ちゃんと晶ちゃんを探せというんだよ?」
 絶望に打ちひしがれている天満。その目から薄っすらと涙が滲んでいる。
 うろうろと当ても無く歩き回るが、そんな事で特定の人間に出会えるほどコミケは甘くない。
「愛理ちゃ〜〜ん!晶ちゃ〜〜ん!」
   仕舞いには大きな声で所構わず愛理と晶の名前を叫んでいた。
 周りの人間の視線が突き刺さってかなり痛い。
「これじゃ、烏丸君に会うどころか、完全に迷子だよ〜〜」
 すっかり元気の無くなった天満にここで救いの声が掛かった。
「姉さん?」
 天満にはその声が天使の声に聞こえた。


「なにぃ!天満ちゃ……塚本がここに来てるぅ?」
「そんな驚くような事でもないでしょ。クラスメートの烏丸にチケット貰って会いに来たのよ」
「なっ!なにぃ?烏丸に!?」
「そうよ。わざわざその為に天満はここに来たんだから。」
 播磨の頭の中に烏丸が天満と仲良く同人誌を売る姿が浮かんでくる。

《ふざけるなよ。烏丸にむざむざ天満ちゃんを会わせるわけねぇだろうが。すると何か?烏丸はてめぇが
ちょっとばかりここでは有名人なのを利用して、天満ちゃんにいい顔見せようって魂胆か?》

「許さねぇ……おい、行くぞ。お嬢」
「何処に?」
「烏丸の所に決まっているじゃねぇか」
「えっ?ちょっと何でヒゲが烏丸の所に……それにさっきの告白はどうなっ……」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はねぇぇぇぇ!!!」
 愛理の手をやおら掴むと、次の瞬間播磨は物凄い勢いで壁際のサークルまで疾走していく。
「痛いじゃないの!!!馬鹿、ヒゲ〜〜!!」
 愛理の抗議の言葉は播磨にはもう届いていなかった。


「姉さん。あそこ……」
 八雲が指差した先には、二条先生の(烏丸の漫画家としてのペンネーム)サークルブースがあった。
 長机の先には、烏丸の姿がある。
「やっとたどり着いたよ。それで?烏丸君はと……いる!いるよ。烏丸君があそこに」
「いるって……姉さん……烏丸さんのサークルだから」
「八雲、よくやった。今晩は八雲の好きなもの夕食にしていいからね」
 肩をぽんぽんと叩く天満の前に疾風の如く現れる二つの影。
 それは全力疾走で汗だくになった播磨と愛理だった。

「てん……塚本。待ってくれ。」
「は、播磨君?」
「塚本、あのよ、これから烏丸の所に行くんだろ?」
「んっ、そうだよ。何で知ってるの」
「やっぱりあれか?烏丸が漫画家と知って、本を買いに来たのか?」
「はぁ?何言ってるのかな?今日はこれから烏丸君とデートなんだよ」
「なっ!!!」
「大体、同じ所で播磨君も八雲とデートなんてこんな偶然もあるんだねぇ」

《デートなんだよ……デートなんだよ……でーとなんだお……で〜〜〜となんだおお〜〜〜》

 播磨の頭の中で《デートなんだよ》という言葉が10回ほどリフレインする。
  「言っちゃった〜。恥ずかしい〜。播磨君、この事は内緒にしてね。播磨君だから信用して言うんだからね」
「……うん」
「じゃーね。夏休み終わったらまた元気に会おうね〜」
「…………うん」
「八雲を泣かしちゃダメだぞ。デート邪魔しちゃってゴメンね〜」
「………………うん」

そばに引っ張られてきた愛理が呆然とたたずむ播磨に声を掛ける。
「ねぇ……ヒゲ?」
「うん」
「天満の妹の八雲と一緒に来たって本当?」
「うん」
「偶然、バイクが壊れて、偶然一緒にいたんだ」
「うん」
「ふ〜ん、そう」
「うん」


「……アンタ馬鹿でしょ」
「うん」
「一発……思いっきり殴っていい?」
「うん」

《ごすぅぅぅぅぅぅ!!!》

「一回死ねば?この浮気ヒゲ!」
 愛理の放った豪腕ナックルパート(至近距離からのグーパンチ)が播磨の顔面にめり込んだ。
 その場に倒れこんだ播磨は、暫らく自力で起き上がる事すら出来なかった。
「アンタも早くこんな馬鹿、見限った方がいいわよ。アンタならもっといい男捕まえられるでしょ」
「あの……何か勘違いされているようですが……でも、播磨さんはとっても素晴らしい人です」
「あたしは親切で言ってあげてんのよ。このヒゲはね……」
「愛理さんも……気にしているんですね。播磨さん……」
「はぁ?馬鹿馬鹿しくてこれ以上何言っても無駄ね。この後のヒゲの介護は任せたわ」
 愛理は手をぷらぷらとだらしなく振ると、その場を去っていく。


「播磨さん……」
 心配そうに播磨のことを覗き込む八雲。
 気絶している播磨を何とか起こそうとするがビクとも動かない。
「お嬢さん。お困りのようですが」
「?」
「もしよろしければ、この御仁を運ぶのをお手伝いいたしますが」
「貴方は?」
「通りすがりのナカムラと申します」


「ゴメン。今日は本当に遅れて」
 ペコペコと頭を下げながら天満は烏丸に話しかけた。
「あっ。塚本さん。もう直ぐ打ち上げだから」
「烏丸君、今日は呼んでくれてありがと。でも、烏丸君が漫画家とは知らなかったよ」
「これ趣味でやってるだけだから」
「へぇ〜すごいなぁ。烏丸君は何をやっても……」

《ぺらっ……》

 さりげなく烏丸の同人誌をめくった天満の顔がみるみる真っ赤になる。
「はぅううう、エッチだよ。烏丸君」
 天満が恥ずかしさで下を見ていると、直ぐそばで聞きなれた声がする。
「それじゃ、行くかな」
「晶ちゃん。今まで何処にいたの?それに行くって何処に?」
「何だ、まだ聞いていなかったのか。打ち上げはカレー屋でカレー食い倒れだよ」
《またカレーだよ。それに、結局二人きりになれないし、これじゃデートじゃないよね。》
 落ち込む天満に烏丸が話しかける。
「これ、塚本さんに買っておいたから」
 烏丸から手渡された本は、テレビ時代劇の【続・三匹が斬られる】の同人誌であった。
「前、好きって聞いてたから」
 ぱぁっと天満の顔が明るくなる。
「ありがと。烏丸くん」
 やったよ。大成功だよ。神様ありがとう。

《ぴらっ》

「うっ!!!」
 そこには【続・三匹が斬られる】に出てくるキャラ、万石総受けのヤオイ漫画が描かれていた。


「だ〜か〜ら。君たち、僕は八雲君をだな」
「コスプレ着替室に侵入した奴はこいつですか」
「誤解だと何度言ったら分かるんだ」
「もう、埒が明かないな。警察呼べば?」
「ええぃ、こうしている間にも八雲君はあの播磨に」
 救えない男、花井春樹の容疑が晴れたのはこれから5時間後の事であった。


 塚本家。ここに播磨と八雲はいた。
 ふさぎこんでいた播磨を何とか元気付けようと、八雲は夕食を食べていくように誘ったのである。
「播磨さん?」
「妹さん……今日は付き合わせてすまなかったな。」
「いえ……楽しかったです。そうだ……これ、播磨さんに頼まれていた同人誌です」
「ふふっ、それは俺にはもう用済みだ。俺はどんな事をしても、烏丸には敵わねぇ」
「そんな……」
 すっかり観念したように播磨は下を向いている。
「さっき読んで見たよ。烏丸の女性キャラは俺じゃ描けねぇほど魅力的だ。こんなキャラは俺じゃ無理だ」
「そんな事無いと思います」
「それに……俺はもう女の子に何の希望も持てなくなっちまった。だから、この漫画に描かれているキャラの
気持ちも良く分からない」
 何とかして、播磨にまた漫画を描いてほしい。八雲はとても悲しい気持ちになっていた。
 いつの間にか八雲は播磨の漫画が好きになっていたのだ。
 だから、何とかきっかけを掴んでほしいと真剣だ。
「あの……播磨さん」
「んっ?妹さん何?」
「この漫画のキャラの気持ちが分かれば……また漫画がかけます?」
「さぁな……良くわからねぇ」
「それじゃ……試してみませんか。この漫画のように……」
「妹さん。」
 八雲が生まれてから16年の間で、一番緊張した瞬間であった。


(続く……のかな?)


この先は18禁の展開を考えていたので、一般小説ではここまでです。
読んでいただいて有難うございました。


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